親亡き後の問題と信託

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権利擁護

権利擁護・研修部会でオブザーバーを務めている弁護士の市丸健太郎です。 自閉症児の療育等に関わっていたこともあり、障がいを有している方とたくさん関わらせて頂いていますが、その中でもっとも悩ましい課題の一つが親亡き後の問題です。
親亡き後の対策として一番よく聞くのは成年後見だと思います。
一方、最近、テレビや新聞でも取り上げられることが増えてきた民事信託(家族信託、福祉信託などと呼ばれることもあります)という制度をご存じでしょうか。信託は説明が難しいのが難点ですが、一言で言えば、財産管理を信託銀行や弁護士等の専門家ではなく、家族や親族などの信頼している個人に託す制度です。 信託では、3人の主な登場人物がいます。
委託者・・・財産(信託財産)を託す人。
受託者・・・信託財産を管理する人。
受益者・・・信託による利益を受ける人。
委託者が受託者に信託財産を託すと、信託財産は受託者の所有になることに信託の特徴があります。もっとも、受託者は専ら受益者のために信託財産を管理しなければならないことになっています。
民事信託は、仕組みが分かりづらいことや信託財産の所有権を移転することへの心理的抵抗から、今はまだあまり浸透していないところがあります。 もっとも、信託では柔軟に枠組みを設定できるため、他の制度では対応できないことに対応し得ることに大きな長所があります(なお、成年後見との併用も可能です)。
民事信託が適している場面として、たとえば下記のような場合があります。

①柔軟な財産管理
「Aさんには、長男Bと軽度知的障がいのある次男Cの子が2人います。Aさんとしては、できるだけ次男Cにお金を残してあげたいと思っていますが、次男Cは、お金が手に入るとすぐにそれを使い果たしてしまいます。遺言書で長男Bに次男Cに必要な財産もまとめて残すことも考えていますが、長男BがAさんの思いに沿ってお金を使ってくれるか心配なところもあります。」 このような場合、Aさんを委託者、長男Bを受託者、次男Cを受益者とする民事信託を活用することが考えられます。そして、たとえば、「長男Bは、信託財産から毎月〇万円を次男Cに渡す。また、次男Cにやむを得ない臨時出費があった場合、それに応じて〇〇の対応をする。」などと定めておくことで、Aさんの想いを実現していくことができます。
なお、このような場合、次男Cに直接財産を残して、その財産管理を成年後見人に任せることも考えられます。ただ、成年後見制度では財産を守ることに重きが置かれていて、財産を自由に使いにくくなると言われている側面があり、このような懸念に対処できます。

②財産承継先の連続指定
「Dさんは、自分の財産を重度知的障がいのある長女Eに全て残したいと思っています。ただ、長女Eの死去後は、長女EにずっとよくしてくれたFさんに、長女Eが使いきれなかったDさんの財産を譲りたいと考えています。」
長女Eが障がいのために遺言書を作成できない場合、Dさんが単純に遺言書を書いただけではその想いを叶えることはできません。 このような場合、民事信託を使って、「最初の受益者を長女E、そして、長女Eが亡くなったあとの受益者をFさん」とすることで、Dさんの財産の承継者を連続で指定することができ、Dさんの目的を実現することができます。

自分が関わっているとある入所施設では、法人後見の取り組み(親の会でNPO法人を立ち上げ、その法人が成年後見になる)をしています。その立ち上げの際には親の想いをたくさん聞かせて頂きましたが、そのときに共通していたのが、「単純に財産管理をするだけであればいらない。親が亡くなったあともできれば親がいたときと同じように暮らせるようにして欲しい」という想いでした。
ご本人にとってベストな体制は、その状況によってそれぞれ異なります。そのため、自分達法律家には、適切な情報を発信していくことで、ベストな体制をオーダーメイドで選んでもらえるようにしていく責務があると思っています。
また、その体制を形だけで終わらせるのではなく、上記のような親の想いにできるだけ沿って、そして何より、真にご本人の生活に資するものにしていけるよう、その体制に命を吹き込んでいきたいと思っています。